「東京、きのう今日あした」伊藤滋


東京、きのう今日あした (NTT出版ライブラリーレゾナント)

東京、きのう今日あした (NTT出版ライブラリーレゾナント)


東京の教科書といった感じ。まあご年配の都市計画家が書いた真面目な(本人は読みやすいように面白くと言っているが)本なので正当な意見ばかり並べられ、正直面白く、はない。。。ただ、長きに渡って東京の変化を見てきているだけあり、経験知識に富んだ包括的な内容である。最低限の知識として身につけておかないとダメなことも書いてある。明日には忘れていそうな内容なのでメモ的にまとめておく。




まず面積、人口、GDPなど様々なデータから東京のポテンシャルの高さ、余力について概観。危惧するのは夜間人口の減少、国際競争力として羽田空港の国際空港化を主張。また東京の観光都市としての整備の必要性、とりわけ周辺アジアに対しての必要性を説く。確かに、海外旅行していると、特に欧米で東京都の違いを強く感じる。どの街に行っても観光案内所が分かりやすい場所にあるし、両替なんかもしやすい。逆の立場で東京にきたら大変だなってよく思う。


第二章では海外に向けて発信する東京の特徴が、分かりやすく7つにまとめられている。1.鉄道・・・清潔、正確な運行管理など。しかしこのような厳しい運行管理が昨今の事故や、また非常時の危機管理体制に問題があるような気はする。2.埋立地にできた新市街地・・・規模的にも世界有数。3.ビジネス街・・・特に丸の内の皇居の森を背景にした都市景観。4.繁華街・・・銀座と日本橋地区は世界中何処にでもみられる奥様の繁華街。アジア的な混乱と雑踏を昼夜生み出す不良性中年男の新宿。不良性外国人の六本木。赤坂はリッチアジア系の中年男。若者の渋谷。若い女性の青山・表参道。そして秋葉原。多様に散在している。5.製造業・・・昔ながらの町工場から、アニメ漫画のソフト製造業。6.文化・・・伝統から現代、正統から前衛まで小さいけれど多彩。例えば食文化。7.大学・・・知的資源。情報都市。またアルバイトなど労働力にもなっている。


第三章では高層化する東京の市街地空間について述べられている。東京の超高層ビルは比較的まばらである。また皇居の森が無意識に市民をまとめていると。ヨーロッパでは古い建造物を容易に建て替えたり出来ないような規制があるので、新たにできる高層ビルは中心から離れた場所にある。したがって古い街並みは残っていると。一方東京ではそうした都市計画的な規制がほとんど無かったため、また税制などの問題もあり、土地は細分化され雑多な種類の建物が混在した状況にある。古くからあった戸建の建ち並んだ街の様相は一変し、緑も少なくなってしまった。筆者は戸建で建て替えても余った空間はどうせ駐車場になるのだから、3階建てぐらいのアパートにまとめていくのがよいとの考え。

第四章は東京人の社会意識として、階層意識や格差の少ない都市と述べている。この辺は三浦展など最近の社会学の常識からはちょっと外れてるような気がしたけど、世界的規模でみればドイツや日本は飛びぬけた富裕層の少ない中産階級社会なのだそうだ。それはトップ1%の人たちの消費行動を刺激するような都市空間や都市のソフトがないかららしい。そうした社会だと、優れた芸術や文化が生まれにくい。しかし北欧の都市も特権階級はいないが、中産階級によって派手ではないが、音楽やデザイン、また優れた製品やシステムなどが創られ世界に評価されている。その文化芸術活動を見習うべきだと言う。

第五章は街路には樹を植えましょう、燃えにくい恒久的な建物を作りましょうという話。

第六章はかつてあった路面電車の話。路面電車の両側には商店街があって、活き活きとした人のつながりが感じられる町だったと。しかしやがて自動車社会になり、路面電車が地下鉄に変わるとそうした横丁も消えていった。ストリートライフを復活させ、むかしの相互扶助的な「むら社会」の街を取り戻したいと。大江戸線によってそれが可能にならないかと言っている。この辺は都市計画家っていうのはやっぱり保守的な理想像を追い求める傾向があるのかなって思った。言いたいことは良くわかるけど、それは今更無理でしょ、っていう感じの。俯瞰的な視点で物事を語るので、現実性があまり感じられない。都市計画家というのは分析者と計画者で全く別の資質を要する一つの職能であるようだ。


第七章は具体的な地域について語られる。主に街の個性というのはその場所に集まる人々、つまり人々を運ぶ交通機関が深く関わっているようである。
銀座・・・銀座線が西は渋谷、東は浅草からそれぞれ洋と和の文化を持った人々が集まってきていた。西側からは麻布、青山、赤坂、また渋谷から東横線沿線の比較的裕福な階層の人々も来ることになる。また百貨店も松屋松坂屋三越日本橋高島屋白木屋など充実していた。
新宿・・・JR中央線、旧国鉄の地味な沿線には若干下流の人々が多く、庶民的な雰囲気。昼は中流階級の主婦、夜は中年のおっさん、また早稲田など学生の街。どちらかというと体制に対して批判するアウトサイダー的性格が強い、カウンターカルチャーの街であった。古くはホテル「ととや」や喫茶店「凮月堂」が文化的サロンとなっていた。西口はS39年に京王百貨店、S42年に「小田急百貨店」、またS40年に淀橋浄水場が廃止になり、一気に超高層ビル群が現われる。しかし丸の内・日本橋が、三井・三菱といった財閥系なら、新宿は新興企業やNo.2、3の企業が多く、また財閥系のビルも実は貸しビルだったりする。
渋谷・・・アメリカ軍宿舎や、ワシントンバラックなどアメリカ文化が引き継がれている。
S32年の渋谷地下街、西口広場、S33年の東急文化会館を契機に、東京オリンピック六本木通りが完成したことで、人が歩きやすい街として発展していく。代々木公園、国立体育館、道玄坂、公園通り、NHKができ、その後、西武と東急のデパート競争時代、S48年パルコができたことによって若者の街が定着。この頃の渋谷の話には西武の堤清二、パルコの増田通ニの名前が必ず出てくる。東急文化村で再び中年にスポット。
池袋・・・西武池袋線東武東上線沿線のやや下層階級の人たちが、銀座や渋谷へ行くことなく池袋で用を済ませてしまう状態によって発展。西武百貨店やパルコがその中心。サンシャイン。文化的には、古くはS25年に三つの映画館ができたことが大きく、最近では1990年にできた東京芸術劇場からの影響で演劇の街へとなりつつある。


第八章は東京を魅力的な街にしている、小さくても個性的な繁華街について。古くからある歴史的な繁華街から、戦後現われてきた新しい繁華街。「おかず横丁」や合羽橋通りの道具屋街、下北沢、中央線沿線の高円寺や西荻窪など。下北や高円寺がカウンター・カルチャーの街であるのに対し、最近では恵比寿が原宿から流れてきた若者が住みつき成熟した、ハイ・カルチャーの街になってきているとも。


第九章は東京湾の歴史、活用法など。もともと横浜港まで来ていた大型船が、より東京に近づき東京湾の埠頭を形成していった。大型船が入ると、航路が深くなり、掘った土砂が埋立地に使われていく。倉庫や下水処理場、変電所、発電所、ごみ処理場など都市の発展に欠かせないものが、この地を占領していく。しかしそれでも土砂の量は膨大で、開発が追いつかないほどである。情報化時代に入り、既存の都市では対応できないと考えられ、世界に類をみない情報都市を夢みて、お台場のテレポート構想ができた。鈴木都政の終りの頃、土地を造成し、レインボーブリッジ、ゆりかもめ等整備し民間に売ろうとしたらバブルが弾けたとのこと。しかしやがて土地価格も上昇に転じ、高層住宅、オフィス街、商業施設、ホテルなどが集まる質の高い都市空間が出来始めている。今後は残っている土地を上手く活用し、筆者は東京オリンピック招致に合わせて新国際都市の出現を期待している。


最後に第十章では、いくつかのデータを用いて筆者の23区の分析や将来像、東京全体に提案が述べられている。データの読み取り方に若干疑問が残るものの、なるほどやはり都市計画というのはこうした統計や様々なデータの中になんらかの意味を読み取ることから始まる作業なんだと。この都市を扱いやすい対象に置き換えてしまうことに違和感が残る。提案内容は23区を6つの特別市に組みなおすという行政区の再編、東京港に大きな森の島、江戸城の復元、高速道路の地下化といったものである。夢物語のようではあるが、全く不可能ということもなさそうなものもある。


★★★☆☆