「ネクスト・ソサエティ」P・F・ドラッカー


ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる

ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる


おそらく経営者なら誰もが一度は手にしたことがあるだろう、ビジネス界にもっとも影響力をもつ思想家と言われるピーター・ドラッカーの著書。比較的最近の2002年発刊。タイトルに表されているとおり、未来に向かって書かれているので、好奇心を非常に刺激する内容になっている。なによりグローバルな視点で書かれているので、日本の社会学者らが書くような日本国内に限ったちまちました話(それはそれで面白いんだけど)ではなく、世界を同時並行的に観察する広範な視野をもった内容となっているだけに、読み進めるごとに世界が広がっていく感覚を味わえる。特に前半部分は未来の歴史教科書をのぞき見るような興奮を覚える。


第一部が最新の論文で「迫り来るネクスト・ソサエティ」。


ネクスト・ソサエティ*1とはまず知識社会であり、その点において次の三つの特徴がある。
・ 知識は資金よりも容易に移動するがゆえに、いかなる境界もない社会
・ 万人に教育の機会が与えられるがゆえに、上方への移動が自由な社会。
・ 万人が生産手段としての知識を手に入れ、しかも万人が勝てるわけではないがゆえに、成功と失敗の並存する社会。
ゆえに組織にとっても個人にとっても高度に競争的な社会となる。


社会を大きく変えるもっとも重要な要因は人口構造の変化である。危惧するのは人口減少。少子化(高齢化ではない*2)こそまったく新しい現象である。ドイツ、日本を筆頭にほとんどの先進国で若年人口が減少している。先進国で減少していないのはアメリカだけである。移民を容易に受け入れる構造があるためだが、それでも人口を維持できる水準ではない。人口構造の変化は文化と市場を多様化する。労働市場もまた多様化する。


知識は専門化してはじめて有効になる。従って知識労働者は組織と関わりを持たざるを得なくなる。組織もまた知識労働者を必要とする。知識社会とは、組織とその構成要員となる知識労働者は対等の関係にある非階層の社会である。病院の医療テクノロジストなどを例に挙げて分かりやすく説明している。


知識は、相続も遺贈もできないところが他の生産手段と異なる。あらゆる者が自力で獲得しなければならない。また知識は公共のものであり、誰もがアクセスできなければならない。このため知識社会に高度の流動性をもたらす。知識社会は上方への移動に制限がない競争社会となる。その代償として心理的な圧迫、ストレスを伴う。またそのような競争のあと知識労働者は4、50代で燃え尽きる。そのとき仕事だけでは問題が生じる。したがって知識労働者たる者は、若いうちに非競争的なコミュニティを作り上げておかなければならない。ボランティア活動、地元オーケストラへの参加など *3


また20世紀経済を担ってきた先進国での製造業の衰退が大きな問題となっていることに言及。かつての農業と同じ道を歩んでいるとのこと。技術の発達により生産性の向上とともに労働者人口が減少し、雇用の減少が社会不安を招く。アメリカではその転換は終わっているが、他の先進国、特に製造業雇用が全就業者人口の四分の一を抱える日本においては、大問題となる。しかし、かつての農業保護の経験が示している通りこうした成熟産業に対する保護は無効である。


企業においては1世紀の間、当然のこととされてきた5つのパラダイムが変化した。
・ 企業が主人、社員が従者→ 前述の通り相互依存関係となる
・ フルタイム労働→ パート、契約社員アウトソーシング
・ 一つの経営陣→ 知識が高度化・専門化し、その維持に費用が掛かる。コミュニケーションコストの低下。生産的なマネジメントは統合ではなく分散である。
・ メーカーが主導権をもつ→ 顧客が情報を持つようになる。
・ 技術は産業に属する→ 独自の技術というものがありえなくなった。
まもなく多様な企業モデルが生まれることが確実である。特に組織とその構造、働き手への報い方について多様なモデルが生まれる。


近代企業はアメリカ・ドイツ・日本でほぼ同時に、互いに関係なく生まれた。ドイツでは組織の社会的側面を重視した社会市場経済のモデル。日本では人的側面を重視した会社主義のモデル。アメリカでは経済的側面を重視した株主主権のモデル。いずれも不完全だった。ネクスト・ソサエティにおいては、トップマネジメントたる者は、組織の三つの側面をバランスさせなければならない。そのヒントとしてGEのジャック・ウェルチが作り上げたCFO(ファイナンシャル)、CHO(ヒューマンリソース)、CEO(エグゼクティブ)という財務、人事、経営のトップマネジメントチームを挙げている。ネクスト・ソサエティにおけるトップマネジメントの最大の仕事は、組織としての個の確立である。『ネクスト・ソサエティにおける企業とその他の組織の最大の課題は、社会的な正統性の確立である。すなわち、価値、使命、ビジョンの確立である。ネクスト・ソサエティにおいては、まさにトップマネージメントが組織そのものである。他のものは、すべてアウトソーシングの対象となりうる。』この点に関しては、その予言どおり雇用形態は変化したようであるが、その結果として、現在の惨憺たる状況を著者はどう説明するのだろうか。。。


ではネクスト・ソサエティにはどう備えるのか。
『自らの組織構造について実験し、提携やパートナーシップ、あるいは合弁のあり方について試行し、トップマネジメントの構造と役割について見直しを行うべきときがきている。グローバル企業においては、世界展開と製品多角化について新しいモデルを検討することが必要となっている。集中と多角化のバランスについて新しいモデルが必要になっている』
『組織が生き残りかつ成功するためには、自らがチェンジ・エージェント、すなわち変革機関とならなければならない。<中略>そのために、第一に、成功していないものはすべて組織的に廃棄しなければならない。第二に、あらゆる製品、サービス、プロセスを組織的かつ継続的に改善しなければならない。<中略>第三に、あらゆる成功、特に予期せぬ成功、計画外の成功を追求していかなければならない。第四に、体系的にイノベーションを行っていかなければならない』
この辺は大企業、それもグローバルに事業を展開する企業の経営者向けの記述か、、、とも思ったが、次元を下げるというか、世界を縮小することで自身のシチュエーションに置き換えて多義的に解釈することも可能と思われる。


第二部が「IT社会のゆくえ」。


インタビュ形式が多く、同じ内容が重なってたり、話が広範に渡っていてまとめづらい。主にIT革命が社会にどうのように影響をもたらすのか、もたらしているのか。また今どのような段階にあるのかを分かりやすく説明してくれる。


IT革命をかつての産業革命と準えている。ジェームズ・ワットの蒸気機関が産業用として初めて綿紡績に使われたのが1785年である。しかし、産業革命の最初の50年間にしたことは、産業革命以前からあった製品の生産の機械化だけだった。やがて1829年に鉄道が現われ、世界の経済と社会と政治が一変する。心理的な地理概念を変えた。1940年代半ばに出現したコンピュータは蒸気機関に相当する。当初は単なる高速の計算機に過ぎないと思われた。しかし経済と社会に真に革命をもたらしたのは、その40年後1990年代に全世界に広がったインターネットの方である。この類似性はIT革命の真に革命的な影響は、いよいよこれからだということを示している。鉄道が火をつけたブームは100年続いたが、蒸気機関がらみの技術自体は、やがて1830年代の電報と写真を始めとし、ワクチンの発明、上下水道などまったくの新産業に舞台の主役の座を奪われていく。さらに新技術に続いて、近代郵便、新聞、投資銀行などの新たな社会制度が現れた。蒸気機関どころか産業革命のいかなる技術とも関わりがないものだった。筆者は今後20年間に相当数の新産業が生まれると予測する。


eコマースは販売と購買を分離する。さらに販売と生産も分離する。eコマースは既存の流通チャンネルを急激に変える。やがて、製品の設計、生産、マーケティング、アフターサービスのそれぞれが別の事業になる。


第三部が「ビジネス・チャンス」。


第二部同様インタビュ形式が多い。プラグマティックな内容になっている。起業家にとって必要なことは何か、どんな罠に気をつけるべきかなど。また大企業や政府に必要な起業家精神を説き、NPOのマネジメントにも言及。


さらに今後の企業と雇用のあり方について。つまり知識社会においては先に述べたとおり、専門家、組織化し、知識労働者の雇用形態は正社員からパート、派遣、アウトソーシングに切り替わっていく。知識労働者は新たな資本である。そのような人のマネジメントこそ今後の課題となる。『偉大なソロを集めたオーケストラが最高のオーケストラではない。優れたメンバーが最高の演奏をするものが最高のオーケストラである。<中略>優れた指揮者は、各演奏者、各パートとの接触を深める。』


筆者は資本主義を否定し、自由市場経済を支持しているが、欠陥もあることを指摘している。市場は一つであると想定しているが、実際には互いにほとんど関わりのない三つの市場が重なり合っている。第一がグローバル市場、膨大なバーチャル通貨が動いている。第二が貿易とは無縁の純国内市場。第三が地場市場である。さらに市場の需要と供給の関係が変化している。均衡を前提とする市場経済理論では、イノベーションどころか変化も扱えない。不安定なシステムである。したがって何者といえども自らの行動基盤を既存の市場に置くことが出来ないのである。長期の均衡は短期の反応の集積にすぎない。しかしこのことこそが市場の強みだという。市場は短期を規定する。


社会主義は富を創出することも、社会的なサービスを提供することもできなかった。他方、資本主義は経済以外のことはすべて無視してきた。しかし市場さえ、何かをできるのは短期においてのみだといわれる。それでは長期の観点から、社会はどのようにマネジメントしていったらよいか?』
政府は問題を一律に扱わなければならない。政府の力ではコミュニティの問題は解決できない。一方、利益に関心をもつだけの市場には社会の面倒を見ることに関心も能力もない。政府と企業に加え、市民セクター、つまりNPOがその答えということになる。


第四部「社会か、経済か」。


紀元1000年頃の地中海近辺、11、2世紀頃のイングランドのかつてあった封建制度における多元主義の衰退の歴史と同じように、再び現われた、近代企業による多元主義が、今まさに同じ道を歩もうとしている。
しかし過去の多元主義の基盤が財産と権力にあったのに対し、現在のそれは機能を基盤にしている。それらの組織はまさに、単一の機能に焦点を絞ることによって成果をあげる。
『実は、今日諸々の組織によって行われている仕事のほとんどが、つい昨日まで家族の手に委ねられていた。家族の教育は家族が行っていた。老人や病人の面倒は家族が見た。家族の仕事は家族が見つけた。<中略>それらの仕事は、国やコミュニティから完全に独立した真に自立した組織のみが立派に行うことができる。<中略>それら諸々の組織の自立性を保ちつつ、しかもグローバル企業*4にあっては主権国家の管轄さえ超えた自立性を保ちつつ、今日では戦時以外は失われてしまった社会の一体性をいかにして回復するかかである。』と今後の課題を指摘する。


『これからは都市社会の文明化が<中略>先進国にとって最重要課題となる。』『都市社会は文化の中心だった。芸術家や学者が活躍するところだった。コミュニティが欠落していたからこそ上方への移動が可能だった。しかし、その下には退廃があった。無法、強盗、売春があった。』『都市社会は田舎社会の強制と束縛から人を解放した。そこに魅力があった。しかしそれは、それ自体コミュニティをもちえなかったために破滅的だった。』『ここにおいて、社会セクター、すなわち非政府であり、非営利でもあるNPOだけが、今日必要とされている市民にとってのコミュニティ、特に先進社会の中核となりつつある高度の教育を受けた知識労働者にとってのコミュニティを創造することができる。』


以上第一部から四部まで、もちろん今日の人類史上未曾有の経済危機、世界同時不況が訪れる以前に記述されたものなので、若干の誤差はあるものの、現在の世界金融危機を少なからず予言する内容ににもなっているのはさすがである。当然ながら、かつて論じられたニューエコノミー*5が幻となったことは現在の我々は知っている。しかし著者はすでにこの時予言している、今後大きな意味をもつのはニューエコノミーではなく、ネクスト・ソサエティだと。


『』内、本文引用。


ゼロ年代最後の、新しい年を迎えて読むのに相応しい本。
★★★★★

*1:異質の次の社会

*2:高年人口の増加は300年の趨勢の延長線上にある

*3:これが最終的に、筆者がNPO活動こそネクスト・ソサエティに必要なものだと説くことに繋がる

*4:かつての多国籍企業と現在のグローバル企業の違い。前者が海外に子会社をもつ自己完結的な事業を展開する国内企業だったのに対し、グローバル企業にとって経済単位はグローバル市場一つである。

*5:IT化とグローバル化によって好況が持続するとされる経済

「JFK」監督:オリバー・ストーン、主演:ケビン・コスナー


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フィクションなのかドキュメンタリーなのか、
なんとも、その辺の境界を曖昧にしながらも、
真実に思わせてしまうところが
この映画のよく出来たところだと思う。

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「あなたになら言える秘密のこと」監督:イザベル・コイシェ、出演:サラ・ポーリー、ティム・ロビンス


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いい映画だとは思う。
脚本もよく出来てるし、
サラ・ポーリーティム・ロビンスとも
難しい役柄を好演してる。
色使いやキャメラワークなんかも基本好きな感じ。
繊細な心理描写に優れた
十分にいい映画と言い切れる。

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「地下鉄のザジ」監督:ルイ・マル


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1960年代のパリを描いたフランスのコメディ映画。
内容はともかく
当時のパリの様子がわかって興味深い。
といっても車以外
今とほとんど変わってないような気もする。
東京なら1960年代と今では
明らかにファッションや建物とか
まるで様相が違うんだろうけど。*1

*1:いやもちろんパリでも違うはずなんだけど、建物の雰囲気がそのままなので、ファッションとか小物、家具とかも大きく変わってないように見えてしまう。或いは日本人から見た、外からの眼だからそう感じてしまうのか。街が変わるスピードとファッションが変わるスピードに何か相関関係があるのだろうか。

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「ファイト・クラブ」監督:デビッド・フィンチャー、主演:ブラッド・ピット、エドワード・ノートン


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現代社会に鬱積する
殺伐とした狂気を感じる映画。
1999年の作品だから
テーマが今更な感じがして
突き抜けてはいるんだけど、
逆にそれが古臭く感じてしまった。

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「人のセックスを笑うな」監督:井口奈己、主演:永作博美、松山ケンイチ


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小説が原作にあるとはいえ、
タイトルによって
ある程度ハードルが上げられてしまってるので
中身もそれなりに期待してしまうというか、
(もちろんそういう意味ではなく・・・)
何か文学的な濃い内容を期待してしまう故か、
ちょっと物足りなさが残る映画だった。

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「去年ルノアールで」せきしろ


去年ルノアールで

去年ルノアールで


「relax」に連載されていたものをまとめたエッセイ集。


どこか昭和の香りがする、
だけど何故か胡散臭くもある
茶店ルノアール」。
脱力、無気力を自負する著者が
暇をつぶしながら勝手に妄想に耽る。
それはある意味とても優雅ではあるのだが・・・


雑誌にちょこっと、
こういうエッセイが載ってるのなら
楽しめそうなんだけど、
こうまとめて読まされると
結構きつい。。。
なんというか
暇人の妄想はやっぱり
何も生み出さないんだなぁと再認識。


いや、所々おもしろいところはあるんだけど。
まあ暇な時にちょこっとずつ読むのに
丁度いいんじゃないでしょうか。


あえて
★☆☆☆☆
ということで。。。