「トリップ」角田光代


トリップ (光文社文庫)

トリップ (光文社文庫)


10篇からなる連作短編小説。
雑誌に掲載されたものを順番にまとめたもので
1話から10話まで3年以上の歳月を経ているが、
最初から最後まで一貫したテーマで
10話によってその全体像がくっきりと浮かんでくる構成になっている。


東京郊外の平凡な田舎町ですれ違う
老若男女様々な主人公達の屈折した日常を
各話を少しずつ重ねながら追っている。




傍から見ると平凡で幸せそうに見える人々の
日常生活に不安や違和感を抱えている姿。
普通という平均化された人間像はあっても、
実際そんな人間なんているはずないよ、と言わんばかりだ。
それはとても不安定な脆いもので、
時に崩れそうになることもあるけど、なんとか踏みとどまっている
そんな最後のひと踏ん張りする姿をとても上手に描いている。


以前旅行中「エコノミカル・パレス」を手にして以来、結構読んでる作家。
彼女の小説は単純に面白く、かつ何かを言いたげで。
いや、さりげなく何かを言い含めている。
時に芸術的でさえあると思うときもある。


いわゆる大衆文学に与えられる直木賞も取ってるけど、
純文学的要素も十分兼ね備えた作家である(あった)ように思う。
空中庭園」は微妙かもしれないけど、
特に初期の「幸福な遊戯」「まどろむ夜のUFO」なんかは
十分純文学的であったと思う。


そういえば、建築の世界にも
文学でいうところの「純文学」にあたる
「純建築」(この言い方ちょっと恥ずかしい)のようなものがあるとしたら、
単純に面白くキレイでわかりやすい、いわゆる商業建築のようなものに対して、
もっと根源的な可能性を追求するような建築のことだろうか。
それは全く新しい価値観を生み出すときもあるし、
単に建築的な表現(あるいは内輪的な表現)に依存した建築にとどまる時もある。


ただここ最近、その境界が曖昧になってきているのは、文学も建築も同じようである。
もしかしたら彼女の小説に何かヒントが隠されているんじゃないかとちょっと思った。


★★★☆☆